点字通信第8号 2021年3月16日(火)発行:点字係 盲学校の先生へお伝えしたいこと       黒澤 康子  はじめに  22年前、私は視覚障害教育のイロハも知らず、本校にやってまいりました。  とても不安でした。なぜなら、盲学校を選んで入学してくる児童生徒は、視覚に障害のある人達であり、他校にはない専門性を求めてやってくるからです。それは、障害が単一であるか重複であるかに関係ありません。  私は、見えにくい・見えない世界を全く知らずに大人になりましたし、身近に接した経験もありませんでした。教員になってから17年経っていましたが、専門の教育を受けたことはありませんでした。いわば全くの素人です。そんな私が、本校へやってくる児童生徒の期待に応えられるのだろうか?それがとても不安でした。でも、それは私の事情です。児童生徒には何の関係もありません。ベテランであろうと素人であろうと、児童生徒の前に立てば、私は一人の「先生」です。期待に応えられる教員になりたいと思いました。専門性を高めたいと思いました。  振り返れば、この22年間に、私は多くのことを学びました。教えてくださったのは、周りの先生方であり、書籍であり、そして何よりも児童生徒でした。校内の先生方にはとてもお世話になりました。けれども、それだけではありません。出掛けた研修先で知り合いになれた全国の盲学校の先生、視覚障害関連の仕事に携わる方からも多くのことを学びました。そして、ロールモデルとしての理療科の先生からも、たくさんの示唆をいただきました。書籍からは、一人では考えたり実践したりすることのできない知見を得ました。それらは、日々の教育活動に生かされたものと信じます。  みなさんは大学の各専門分野で学び、またこれまでの勤務校で実績を積み、本校に着任されました。その経験は、児童生徒に接する上で大きな力となっています。そのうえに、視覚障害の専門性が加われば、さらに大きな成果が得られるのではないでしょうか?  22年前、私はとても不安でした。  先生には不安はないですか?  退職の日を迎えるにあたり、長年お世話になった本校へのお礼に、私を支えてくれたことがらをまとめて、お伝えしたいと思います。専門性を身に付ける道筋のささやかな例として、「書籍」「研修や情報入手」「点字の指導」の三つの視点で書きます。この中の一つでもお役に立てば幸いです。  1 お勧めしたい書籍  私たちの仕事で一番大切なのは、児童生徒の様子を丁寧に見ることではないでしょうか?ひとくちに視覚障害といっても、一人一人、現状も秘めた能力も異なります。希望する進路も異なるでしょう。児童生徒の希望する進路を踏まえ、現状を把握し、そこから有効な手だてを見いだし、実践しなければなりません。  そして、書籍から基礎知識を得ましょう。実態把握にしても、手だてを考えるにしても、視覚障害について知っていなければならないからです。  特にお勧めしたいのは「視覚障害教育に携わる方のために」の一冊です。盲学校に初めて勤務する方の必読書と感じています。視覚に障害をもつ子どもの特性や心理を踏まえ、乳幼児期から学校教育、社会的自立に至るまで、発達段階に合わせた養育・指導上の配慮を解説しています。盲学校教育を概観することができます。  加えて、国語科の先生は、「視覚障害児のための言語の理解と表現の指導」、理科の先生は「観察と実験の指導」、空間概念や歩行を指導される先生は「歩行指導の手引」などに、是非目を通してください。全て文部省が過去に出した本で、入手は難しいかもしれませんが、自立活動用具室や教材教具室等に保管されていますので、大切に読んでください。  さらに、障害当事者である小林一弘、三宮麻由子、広瀬浩二郎各氏の著作もお勧めです。視覚障害そのものへの理解が深まることでしょう。  2 お勧めしたい研修・情報入手  盲学校の少人数化・重複化は急激に進んでいます。他の職員と課題を共有することが難しくなっています。授業・教材研究を深めることが難しくなっています。一方で、視覚障害教育関連の研究や機器は年々新しくなり、児童生徒のために情報を日々更新していく必要があります。  そうした課題を解決するために、研修会に積極的に参加しましょう。全国を対象にして実施される研修会は休日に行われることが多いです。しかし、県内では得られない最新の知見や指導方法のヒントなどを得ることができて、良い刺激が得られます。参加者とのネットワークが広がることによって、困った時に問い合わせできる場所ができます。研修会に参加するメリットは、はかり知れません。  実は、私たちは恵まれています。群馬県は関東北部に位置していますが、東京に日帰りで行けます。宿泊しなければ東京に行けない地方の多くの盲学校と比べて、旅費も安く済みます。この利点を最大限に生かしましょう。  全日盲研や関視研・弱視研についてはご存じかと思います。  他にも、「視覚障害教育研究協議会(附属盲)」「視覚障害教育夏季専門研修(都立盲学校)」「視覚障害教育・心理研究会(筑波大)」「視覚障害教科教育研究会」「全国視覚障害早期教育研究会」等々の充実した内容の研修会があります。  また、特別支援教育総合研修所の短期研修(視覚障害教育コース)や日本ライトハウスの視覚障害生活訓練等指導者養成課程などで3か月〜1年にわたり専門知識を得る方法もあります。  研修会に参加後は、実践的なワークショップなど形を工夫して、他の職員に伝達するようにしましょう。そうすれば、チームとしての本校の専門性が高まります。  最新機器の情報入手は、「サイトワールド」に参加することをお勧めします。例年日本点字の日に合わせて11月1日〜3日に錦糸町で行われます。会場には視覚障害関連の機器の会社の他、特総研をはじめ研究施設・大学などのブースがあります。研究の動向を尋ねたり機器を触って試したりすることもできます。最新の機器のカタログを持ち帰って校内にも紹介してください。  情報を得られるサイトとして、本校で講演されたことのある元宮城教育大学教授の長尾博先生が作っている「ムツボシ君の点字の部屋」がお勧めです。児童生徒用の点字データを探せますし、修学旅行先を決める際のヒントも得られるでしょう。また、広島中央特別支援学校のサイトなど指導のヒントを得られる場所はたくさんあります。児童生徒たちのため常にアンテナを高くしておきましょう。  今年度は多くの研修会が中止・オンラインになりました。その傾向はしばらく続くかもしれませんが、これら充実した内容の研修会のことを忘れず、引き継いでいただきたいと願っています。また、他にも参加して得られることの多い研修会はたくさんありますので、職員間で積極的に研修会情報を共有できるとよいと思います。  3 点字指導にかかわる方にお勧めしたいこと  点字指導については、文科省の「点字学習指導の手引き」が参考になります。特に、点字の前段階の、両手を上手に使って対象を観察する方法の獲得の指導は重要とされています。  教材としては、点字絵本の「テルミ」は触察の力を養うのに有効です。初期段階の教材としては「点字導入学習プログラム」が使えます。もちろん、児童生徒の興味に合わせて教材を作ることもお勧めです。触察しやすいのは、厚めの用紙(135kg)にパーキンスで1行空きで書いたものです。以下、順に110kgにパーキンスで書いたもの→ESA721の点字プリンタ用紙に18行設定で書いたもの→22行設定でも読めるように、さらに両面設定でも読めるように・・・と進んでいきます。ちなみに点字用紙の厚みは、パーキンス用は110kg、点字盤用は90kgと違いがあります。TP32のプリンタはESAに比べて点字がやや薄めです。なお、中途視覚障害の方向けに自学自習用カセットテープ(最新のものはCD)のついた「点字入門」というテキストもあります。  点字を読む指は、両手読みが理想です。指は縦にこすらずに横に移動させます。他の指は浮かせず、できるだけ点字の行の上にそっておくのが良いとされています。行頭を左指で読み始め、行の半分を過ぎたところで右指にリレーし、右指が読んでいる間に左手は次行頭にたどり着いて滑らかに次行を読み始めるという形がとれるよう、最初から左右の指で同じくらいの速さで読めるように練習します。1ページを2分以内、1分くらいで読めるようになると学習能率も上がります。点字は思考を深める道具として不可欠です。音声だけに頼らずに学習できる児童生徒を育てましょう。  点字盤は右手で書けるように指導します。左利きの子どもも幼いうちなら右手で書けるようになります。左手で読みながら右手だけで定規を押さえ、片手で定規を移動しながら書き進められるように鍛えていきましょう。  文字の指導と並行して言葉の指導は欠かせません。特に幼いころから見えにくさがあった児童生徒は、言葉は知っていても実態はつかめていないということが少なくなく、分かったつもりになっていたり、また年齢が上がるほど、分からないということを口にできなかったりすることがあります。幼い時から目の代わりに情報を集められる手や指を育てること、触ることが好きな人を育てることが必要です。そしてできれば、実物に触る体験を多くさせてあげることが必要です。幼い時に核になる体験(その体験から他を想像できるようなもとになる体験)をできた人とそうでない人では、長い目で見た時の成長に大きな差ができます。「百聞は一見にしかず」ということわざがありますが、視覚障害の人にとっては「百聞は一触にしかず」(Touching is Believing)と言えると思います。昨今教育のデジタル化が進む流れもありますが、実物に触れる機会は、これからも大切にしていきたいものです。  なお、点字に関しては、点字指導員と点字技能師の資格認定があります。点字表記や校正のしかたに加え、技能師の試験では、視覚障害教育・福祉・歴史等も問われ、盲学校での指導にたいへん役立ちます。ぜひ、挑戦していただきたいです。  むすびに  今後、少人数化がいかに進んでも、視覚障害の方が0になることは考えられません。教育の専門性は引き継がれなくてはなりません。  どこに生まれても、どんなに障害が重くても、その人が持てる力を磨き、より望ましいQOLを獲得するために、私たちには視覚障害教育の専門性を駆使して指導に当たる責任があります。児童生徒が点字を間違えたら、その場ですぐに指摘し、正しい書き方を指導できるよう、自らが力をつけていかなくてはなりません。  県内唯一の盲学校の先生には、そのお仕事に誇りをもって進んでいただきたいと、切に思います。自信をもって指導が行えるように、どうぞ児童生徒とともに、学び続けていってください。