点字通信
点字通信 第20号(解答編)
(テキスト版)点字通信 第20号(解答編)
(PDF版)点字通信 第20号(解答編)
点字通信 第20号(解答編)
令和8年1月30日(金)発行
「点訳間違い探し」の解答編です。いくつ間違いを見つけられましたか?
誤り箇所を示し、→以降に正しい標記を示します。□は「マスあけ」を表しています。
(問題編はこちらです)
(1)せいこう → せいこー
(2)てんやくについて → てんやくに□ついて
(3)してくれた → して□くれた
(4)にゅーせき□した? → にゅーせき□した。
(5)どーんで → どーろで
(6)8かご → よーかご
(7)よべる□よーに → よべるよーに
(8)うおーきんぐ → うぉーきんぐ
(9)こんさあと → こんさーと
(10)けがみ□なく → けがも□なく
(11)ねおが → ねこが
(12)えーがを → えいがを
(13)それぞれの□ばって → それぞれの□ばで
(14)にわよ□ひろい → にわの□ひろい
(15)いき、ははに → いき、□ははに
(16)きょすんの → きょねんの
(17)おきなは → おきなわ
インターネットでは、「点訳ナビゲーター」という点字表記検索システムも便利です。
https://ten-navi.naiiv.net/
点字通信 第20号(問題編)
(テキスト版)点字通信 第20号(問題編)
(PDF版)点字通信 第20号(問題編)
点字通信 第20号(問題編)
令和8年1月15日(木)発行
今回は「点訳間違い探し」です。全部で17問です。
1文に1つ、点字表記上の誤りがあります。ぜひ、見つけてみてください。
文章のテーマは「今年度一番嬉しかったこと」です。
解答編はこちらです。
「今年度一番嬉しかったこと」
(1)盲学校120周年記念行事が成功したこと。
(2)点字や点訳について勉強できたこと。
(3)家族が還暦祝いをしてくれたこと。
(4)子どもたちが入籍した。
(5)道路で転がった姿を誰にも見られなかった。
(6)迷子になった黒猫が、8日後帰宅したこと。
(7)1歳の息子がパパと呼べるようになったこと。
(8)ウォーキンググランプリでたくさん歩けたこと。
(9)コンサートで名古屋と広島に行けたこと。
(10)家族がけがもなく健康でいられたこと。
(11)家で飼っている猫が元気で1歳になったこと。
(12)映画をたくさん観ました。
(13)生徒がそれぞれの場で活躍できたこと。
(14)庭の広い家を買った。
(15)久々に福岡に行き、母に会えたことです。
(16)去年のポインセチアが今年も綺麗に咲いたこと。
(17)沖縄旅行の天気がものすごく良かったこと。
点字通信 第19号
(テキスト版)点字通信 第19号
(PDF版)点字通信 第19号
点字通信 第19号
令和7年10月31日(金)発行
「日本点字135年を迎えて」
今年は我が国の点字が誕生して135年になります。1890年、11月1日に日本の点字は生まれました。今日は、点字が誕生するまでについてお話させていただきます。
日本の点字を作ったのは、石川倉次先生です。石川先生は、当時、東京盲唖学校(現在の筑波大学附属視覚特別支援学校)の教員をしていました。
1859年生まれの彼は、もともと千葉県内の小学校の教員をしていました。
1886年。東京盲唖学校の校長をしていた小西信八先生は、自分が勤務する学校の教員になってほしいという手紙を彼に3度送ります。
そして、その熱意におされるかたちで、この年から、勤務をスタートさせます。
その当時の盲唖学校では、木に文字を彫るなどして授業が行われていました。しかし、この方法では、文字の読解に時間がかかるだけでなく、書き表すことができません。このことに大きな課題を感じていた小西校長は、1887年にブライユ点字の日本語版を作るように、彼に依頼します。
6個の点の組合せは64通り。その中から、全く点を打たない文字を減らすと63通り。この中から、同じ形の文字、つまり、「え(1の点、2の点、4の点)」と「え下がり(2の点、3の点、5の点)」、「る(1の点、4の点、5の点)」と「る下がり(2の点、5の点、6の点)」などの組合せを除くと44通り。日本の仮名は48文字。彼は苦悩します。そして行きついたのが8点点字でした。四方を3点ずつ、真ん中の点を除いた8点で表す方法が完成し、ほぼこの案で決定するはずでした。
しかし、このことに反対したのが小西先生です。世界で主流となっているブライユ点字の道具を日本人が使えないことに問題を感じたことが反対の理由でした。
再び、石川先生の苦悩がはじまります。
1889年に入ると、自分たちで日本の点字を作るんだという機運が、学校全体に広がっていきます。教員だけでなく、生徒も活発に意見を述べるようになり、議論が重ねられていきました。
1890年9月27日。第1回、点字選定会が開かれました。この時のメンバーは、石川先生をはじめとした教員5名、生徒8名という構成でした。この席では、生徒2名が考えた案への賛成者が多数いましたが、同じ形の文字が多く、読みにくいということから、採用へはいたらず、議論が継続されました。
その後、10月4日、10月18日と選定会が開かれ、11月1日を迎えます。
教員4名、生徒10名での第4回点字選定会。この席においても、活発な議論が展開されました。そして、最終的に石川先生の案が採用され、ついに日本の点字がこの世に産声をあげました。
検討がスタートしてから3年。この文章を作る上で参考にさせていただいた「闇を照らす6つの星」という本には、石川、小西両先生に加え、教員、生徒合わせて10名以上の人物が登場してきます。点字はそれほどに多くの人々の努力と議論によって生み出された文字なのです。
この135年間で点字の世界も大きく変化しました。パソコン点訳が主流となり、読みたい時に読みたい場所で、自由に読書を楽しむことができます。こうした今があるのも、先人たちのおかげであることを忘れないようにしたいものですね。
点字通信 第18号
(テキスト版)点字通信 第18号
(PDF版)点字通信 第18号
点字通信 第18号
令和7年9月19日(金)発行
~点字が生まれて200年 ルイ・ブライユが点字を生み出すまで~
今年は、世界で初めて点字が誕生して200年という記念すべき年です。そこで今回の点字通信では、点字が誕生するまでについて、紹介させていただくこととしました。
1825年、フランスのパリ。当時王立盲学校に通う16歳の少年、ルイ・ブライユによって点字は生み出されました。
彼は、3歳の時、馬具職人であった父の部屋で目を怪我してしまいます。そして、5歳となった1814年、両目の視力を失ってしまいます。それまで、好奇心にあふれ、活発に飛び回っていたルイでしたが、沈みがちで部屋にこもることが多くなっていったそうです。
そんなルイに対して、父親が木に釘を打ち付けて文字を表現したり、家の敷地内に砂利をしき、足音を頼りに一人で移動できるようにしたり、母親や二人のお姉さんが本を読んで聞かせてあげたりしたそうです。そのような家族の優しさに育まれる中で、彼も活発さを取り戻していきます。
7歳となったルイは、地域の小学校に通い始めます。器用で集中力が高く、記憶力も抜群であったルイの成績は、トップクラスだったそうです。しかし、ルイは小学1年生を2度にわたって経験することになります。その理由は、文字の読み書きができなかったからです。
1819年、10歳となったルイは、実家から40キロ離れたパリの王立盲学校に入学します。そこでは、浮き出し文字による授業が展開されていました。誰かに読んでもらうのではなく、自分で読める文字を手に入れたことで、ルイは大いに喜びます。しかし、浮き出した文字を触って読むのには多くの時間を必要とします。また、自分で書くことはできません。
1820年。シャルル・バルビエという元軍人が盲学校を訪ねてきます。彼は、夜でも敵に気づかれることがなく指示を伝えられるように、ソノグラフィー(夜の文字)という、縦6点、横2列からなる暗号を作りました。実際には軍隊で採用されることはありませんでしたが、この12点の組み合わせを視覚障がい教育で使えると考え、盲学校に紹介しようと考えました。
ソノグラフィーに初めて触れたルイは大いに感激します。友人と手紙の交換ができることが、大きな喜びだったそうです。
しかし、彼は喜びと同時に課題も感じていました。指を上下させなければならず、これでは読み速度をあげることができません。また、点の数が多いため、スムーズに書くこともできません。
そこで彼は、12歳となった1821年から、改良を始めることとしました。寄宿舎で周囲が寝静まった後、彼は黙々と検討を重ねていったようです。
そして、1825年。16歳となったルイは、ついに、世界で初めてとなる点字の発明にこぎつけました。
しかし、彼が考え出した文字が正式にフランス政府から認められるまでには、29年という、とても長い時間がかかりました。この間、パリの王立盲学校では、点字の使用を禁止されてしまった時期もあるそうです。
新しいものが作られ、多くの人から受け入れられるということが、いかに大変であるかということを、この事実は物語っているのかもしれません。
点字が生まれて200年。もし、ルイ・ブライユがこの世に誕生していなければ、私たち視覚障がい者は今もなお文字を手に入れることなく生活していたのかもしれません。そう思うと、彼への感謝の気持ちを改めて感じている今日この頃です。
参考図書
ルイ・ブライユ 点字を発明した19世紀のフランス人 小学館版 学習まんが人物館
著者 新井隆広 大内進
点字通信 第17号
(テキスト版)点字通信 第17号
(PDF版)点字通信 第17号
点字通信 第17号
令和7年7月9日(水)発行
触ってわかる! ~硬貨編~
触ってわかる!お金シリーズの第3弾、最終回は硬貨編です。
実は視覚障がい者として生活している中で、お札よりも硬貨の方が「なぜわかるの?」と聞かれることが多いです。お財布の中から指先でつまむだけで必要な硬貨を選び出しているからでしょうか。どうやって硬貨を指先で触り分けているのか、秘密を大公開です!
1 触り心地による判別方法
硬貨の見分けには6つのポイントがあります。
(1)中心の穴
これによって5円玉と50円玉は簡単に見分けがつきます。50円玉は4mm、5円玉は5mmで、つまんだ時の穴のサイズ感で50円玉と5円玉の判別も可能です。この穴は視覚障がい者が見分けやすいようにという配慮でもあるそうです。
(2)刻印された模様の凹凸の感触
100円玉と50円玉は他の硬貨よりも模様の凹凸が大きく、つまんだだけで判別できることが多いです。
(3)硬貨の重量
硬貨の重量は1円玉が1g、500円玉が7g、他は4g前後です。1円玉は軽いなと感じます。
(4)硬貨の直径
硬貨の直径は小さい順に、1円玉は20mm、50円玉は21mm、5円玉は22mm、100円玉は22.6mm、10円玉は23.5mm、500円玉は26.5mmです。500円玉以外は大きな差は感じません。
(5)縁の感触
1円玉、5円玉、10円玉の縁は直角でとがっているように感じるのに対し、50円玉と100円玉は少し丸みを帯びて感じます。また、 50円玉、100円玉、500円玉の縁にはギザギザがあります。つまんだ時の感触だけでは不安な場合にこのギザギザを確認します。10円玉にもギザギザがついているものがありますが、昭和20年代以前のものなのでギザギザが薄くなっていることが多いです。
(6)硬貨の厚さ
硬貨の厚さは1円玉、5円玉、10円玉が1.5mm、50円玉、100円玉が1.7mm、500円玉が1.8mmです。コピー用紙の厚さが約0.1mmなので、10円以下と50円以上の硬貨では2枚分くらいの厚さの差があります。この厚さの差はつまんだ時に薄いな、厚いなと感じ取ることができます。
以上の6つのポイントによってつまむだけである程度の判別ができます。不安な場合には硬貨を重ね合わせてサイズで最終確認をします。
2 見分けやすくするお財布の使い方
硬貨種別ごとに収納するホルダーつきのお財布もありますが、硬貨を入れる部分が2つに区切られているお財布であれば触り分けは簡単です。10円以下と50円以上の硬貨で仕分ければ、穴のない硬貨も比較的サイズ差が生じるので、つまみ心地だけで判別が付きやすくなるのです。
いかがでしたか?
これであなたも触り分けマスターです!